26日の日曜日はバザーです

 どうやら週末は穏やかな日々となりそうです。
 来る26日の日曜日ですが、私がふだん通っている松戸聖パウロ教会では午前10時30分からバザーを行います。あまり高価なものはないと思いますが、お金持ちの方も歓迎します(笑)。
 なお、バザーの協賛券(1枚100円)には番号が記されており、バザー終了後に抽選会があります。抽選会は午後2時30分ぐらいからですが、その際にいらっしゃらなくとも、連絡先を記しておいていただければ、その後に豪華商品が届く、可能性がありますよ。
 地図は

http://anglican.jp/yokohama/churches/matsudo/map.gif

がわかりやすいと思います。
 連絡先などは

http://anglican.jp/yokohama/

に記載されています。
 たまたま近くに来られるようなことがありましたら、ご遠慮なくお立ち寄り下さい。

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【冊子】『ひびき 2006』

編  者:日本カトリック司教協議会・カリタスジャパン
タイトル:「四旬節キャンペーン課題解説」No.20 2006年 『ひびき 2006』
発 行 所:カトリック中央協議会
発  行:2006年3月1日

 表紙には冊子のタイトルである『ひびき 2006』の他に、冊子のテーマである「非暴力による平和への道」も刷られています。
 キリスト教と戦争責任ということを日本の場合で振り返りますとカトリックも戦争に協力していったわけですが、そういたことの追及はこの冊子でも筆を執っている西山俊彦の著作が参考になるでしょう。その西山の批判にカトリックが十分に応えているというところまではまだ至っていないと思いますが、こういった冊子を出していっている姿勢は評価できると思います。

目次
はじめに 歴史の荒波に立ち向かいながら
    菊池 功   2
1 戦没画学生慰霊美術館
  戦没画学生が伝えたかったこと…命とのかかわりを見つめ直してほしい
    窪島誠一郎  5
2 満蒙開拓青少年義勇軍
  銀シャリを腹いっぱい食いたかった…今は何も言うことはない
    竹谷 清一  9
3 在日朝鮮・韓国人と戦争
  痛みへの共感こそ未来志向への扉…在日3世代の苦しみを劇で訴えた
    林 和則   13
4 平和論
  戦争でなく、平和のために冒険を…戦争は人間の尊厳を侵す
    白柳 誠一  17
5 天皇の戦争責任
  「天皇の戦争責任はある」…日本の加害責任を問い続けて
    本島 等   21
6 日の丸・君が代
  日本は戦争への道を歩み始めた?…卒業式で愛国心をチェックする時代に
    チェ・ソンエ 25
7 女性国際戦犯法廷
  侵略戦争の反省なしに国際社会に復帰した日本…戦時性奴隷は戦争犯罪
    内海 愛子  30
8 靖国神社参拝
  靖国神社合祀に教会は抗議を…日本の教会の戦争責任は放置できない
    西山 俊彦  35
9 憲法9条
  世界の人々は憲法9条を評価する…人間らしい生き方とは何か
    弘田しずえ  40
参考 戦後60年平和メッセージ            44
あとがき                      48
 付録:2006年四旬節キャンペーン資料の問合せ先一覧 50

 非売品ですが、カトリックの教会にはあるだろうと思います。

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生命はモノではない

 『私の臓器はだれのものですか』で紹介されている中に、日蓮宗本念寺住職の石川浩徳氏の発言があります。彼の特異な点は実子が心臓に疾患を持っていたこと。そして、心臓移植もすすめられ、和田移植の和田寿郎医師と相談した経験があることでしょう。
 その上で、移植には反対の立場をとっていますが、これは和田医師との相談が決定的で「悪いモノは取り換えればよろしい」と返答されたことで、逆に生命はモノではないと感じ、"我が子のことだけを考えていた自分に恥ずかしさを覚えた"と語られています。
 石川氏の体験は、移植の本質=臓器・人間をモノと考えるを捉えているのではないでしょうか。
 この発言の初出は『文化時報』1999年3月27日号ということです。

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『讃美歌21 主よ,終わりまで-恵みに生きる』

『讃美歌21 主よ,終わりまで-恵みに生きる』
 (ビクター VICG-60280)

      60280

1.主が建てなければ<159番>
2.ガリラヤの村を<105番>
3.アブラハム・アブラハム<184番>
4.神の賜物を<556番>
5.キリストよ、光の主よ<222番>
6.キリストの前に<543番>
7.主よ、終わりまで<510番>
8.愛する二人に<104番>
9.世界中の父や母を<546番>
10.さすらいの民よ<399番>
11.苦しみ悩みの<526番>
12.主よ、私たちは祈ります<501番>
13.何ひとつ持たないで<453番>
14.人は畑をよく耕し<386番>
15.主イェスを想えば<477番>
16.この世にあかしを立てて<379番>
17.わたしたちを造られた神よ<549番>
18.くすしきみ恵み<451番>
19.死はひそかに<110番>
20.光かかげよ、主のみ民よ<573番>
21.新しい天と地を見たとき<580番>
22.「詩編43による変奏曲」より

 『讃美歌21』ですが、1954年版の『讃美歌』の改訂で日本基督教団の手で1997年に成ったものです。改訂にあたっての共通理解については『讃美歌21』のまえがきに8点が記されていますが、

6.欧米に限らず世界各国、各民族の賛美歌、日本人の作品
8.用語や歌詞、音楽の面でも、現代の会衆が理解できる歌、またその感性に応じる歌

ということも記されています。
 例えば、4曲目に入っている「神の賜物を」は多くの讃美歌の詞を作った松山高吉の作詞ですが、彼は1935年に亡くなっていますから詞は当然古いままです。それを1996年に改訂委員会が改変したものが使われているわけですが、学校生活を記した歌詞は見事に現代化されたといえるでしょう。
 ただ、これは歌ですから、楽曲+歌詞でどれくらいの力があるのかというのが問題になるかと思います。明治期に新体詩が生まれるにあたって翻訳された賛美歌の歌詞というのは結構影響を与えたのですが、そのために歌詞の文学性にけっこうこだわりがあるようです。歌詞の文学性が高くとも音楽性はそれとは別というのが私の感覚ですが、これは讃美歌の場合にはアヤシイ意見かも知れませんねぇ。まぁ、歌詞だけを見たなら、この感覚はわかるということはありますが。ここに採られている作品では2・4・6・8・15・17あたりになります。

 さて、これらの作品のうち6・10・12・17は作曲が日本人です。しかしながら、これらの感性は西洋のものです。合唱が主ですから歌い方も西洋、つまりクラシックからは何も出ていないわけです。作っている側がそれを理解していればいいのですが、日本語で歌われていてもそれだけでは独創性が生まれるわけではないでしょう。
 おそらく、このアルバムに関わっている方々は西洋的な素養に浸ってきたのでしょうから、そこから離れるということは難しいだろうと思います。ですので、このアルバムがクラシック色であることは必然でしょうが、こういった聖歌隊的な世界の外にいる方々と感性が感応しあえるだろうかといえば、それも無理かなと思います。変なJ-Popの影響を受けるのも困りものです(^^;が。

 アルバムとしては点数をつけることはありませんし、人に薦めることもないのですが、それは音楽面の話ですね。言葉が示している世界は嫌いではないので、そうでなければ紹介はしないでしょう。とはいえ、それは音楽側ということでもないわけです。

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